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【和菓子歳時記10】七五三お菓子「千歳飴」以外も!和菓子折やお赤飯ほか

秋も深まり、各地で「菊花展」の話題も聞かれる季節になりました。今回は子どもの成長を祝う七五三のお祝いの和菓子の紹介です。七五三を11月15日に祝うようになったのは江戸時代からですが、現在でも家族の大切な行事ですね。七五三と言えば、真っ先に浮かぶのが「千歳飴」ですが、そのほか内祝に和菓子を配る人も多く、上生菓子の詰め合わせ、焼菓子の詰め合わせなどの菓子折や、お赤飯が人気です。

 

七五三って、そもそも何のお祝い?

七五三は、平安時代から行なわれていた通過儀礼の、3歳の「髪置(かみおき)」、5歳の「袴儀(はかまぎ)」、7歳の「帯解(おびとき)」という儀式が元になっています。子どもの死亡率が高かった昔は、無事にそれぞれの年齢へ成長できたことは、今以上に喜ばしいことだったのでしょう。そんな喜ばしい行事が現代風になったのは明治以降ですが、子どもの成長を祝う行事として今でも広く行なわれていますね。

 

「七五三」って、元々何をお祝いしてたの?どうして11月15日にするの?

 

七五三のお祝い菓子といえば「千歳飴」

七五三の祝い菓子として売られる千歳飴は、もともとは、江戸時代の1700年ごろ、浅草の飴売り「七兵衛」が売り出したのが始まりとされています。関東圏では水飴に少量の砂糖を加えて煮詰め、熱いうちに何層にも織り込んで作る晒飴(さらしあめ)が多いのですが、地方や店によって材料や作り方はさまざまです。千歳飴の細く長い形は子どもの成長と長寿を祈る意味があり、袋には、長寿を意味する鶴亀や縁起の良い松竹梅などの図柄が描かれています。

 

千歳飴はもらうもの?それとも内祝で配るもの?

千歳飴は、もともと健やかな成長と長寿を祈って親や親族が内祝として周囲へ配るものでした。現在では、子どもが食べるお菓子として親が用意したり、写真撮影用のオプションや、利用した貸衣裳や撮影スタジオからプレゼントされたりすることが多く、内祝として配られることは少なくなっています。

 

かつては紅白餅やスアマが使われた七五三の内祝

現在の七五三の内祝やお祝いのお返しは、洋菓子や雑貨なども増えてきましたが、かつては紅白の餅、スアマ(素甘、寿甘)、饅頭などが配られました。特に、子どものお祝いである七五三では、縁起が良いとされる「鶴」の卵に似せた形を、餅で作ったものを「鳥の子餅(とりのこもち)」、スアマで作ったものを「鶴の子餅(つるのこもち)」と呼び、よく用いられていました。最近では「鳥の子餅」「鶴の子餅」を配る風習は少なくなり、代わりにお赤飯や菓子折に内祝の熨斗(のし)を付けたものを配ることが多くなっています。昔の伝統的なお菓子を配ってみたいという方は、「鳥の子餅」「鶴の子餅」を通信販売している和菓子屋さんもあるので、探してみるのもいいでしょう。

 

七五三のお祝いの席、内祝に「赤飯」

また内祝やお祝いの席では、現代でも赤飯が多く利用されます。古来、赤い色には魔力があって災いを払う力があると信じられ、お祝いの意味だけでなく、厄払いとしても食されていました。子どもの健やかな成長を祝う、七五三のお祝いにもぴったりですね。ご家庭で炊くこともできますが、量が多いときは和菓子屋さんに注文すると良いですよ。七五三祝いの会食と伝えると、ごはんを赤飯にアレンジしてくれるレストランなどもあるようです。

 

華やかな「上生菓子」は、内祝いの菓子折におすすめ

七五三の内祝には練切などで作る上生菓子も多く使われています。かつては「式菓子」と呼ばれ、海老や鯛、松竹梅などのおめでたい意匠を通常より大きく作り、木箱へ詰めた上生菓子が使われましたが、現在では通常の茶席で出される上生菓子と同じ大きさで作った菊花や小鯛などのお祝いの意匠のものを、季節のものと詰め合わせにして用いられています。華やかな上生菓子は見た目も可愛らしく、お祝いの品としてハレの日を演出するのにふさわししいですね。

 

まとめ

私が子どものころの七五三は、晴れ着の着物で地元神社へ参拝してから親戚めぐり、というのが一般的でしたが、今は家族で写真撮影や神社で参拝後に、近しい親族で食事するスタイルが多く、着物以外の素敵なドレスでの撮影があるのも、かわいらしくていいですね。形が変わっても、子どもが無事に成長したことをお祝いする家庭行事のひとつですので、お祝いする気持ちがなにより大切。素敵な思い出になると良いですね。

 

 

石原マサミ(和菓子職人)

創業昭和13年の和菓子屋・横浜磯子風月堂のムスメで、和菓子職人です。季節のお菓子や、和菓子にまつわる、歳時記などのご紹介を致します。楽しく、美味しい和菓子の魅力をお伝えできたら、嬉しいです。石原モナカの名前で、和菓子教室も開催中。ブログはこちら