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[聴こうクラシック23]母の日に寄せてモーツァルトの「きらきら星変奏曲」

カーネーションがお花屋さんの店頭を彩り始めると、母の日が近付いたことに気付きますね。今回は、母の日に寄せてモーツァルトのピアノ変奏曲・通称「きらきら星変奏曲」ご紹介します。このピアノ曲の原曲は、募る恋心をお母さんに聞いてもらうという、フランスの流行歌でした。

 

モーツァルトと母の2人旅

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1756年にオーストリアのザルツブルクに生まれました。宮廷作曲家の父の影響で、天才少女と言われていた姉とともに、幼いころから各地で演奏して活躍しました。父と同じザルツブルクで定職を得ますが、より良い待遇を求めて22歳のとき、母と2人で就職活動の旅に出ます。今回ご紹介する「きらきら星変奏曲」の原曲は、このとき旅したパリで流行っていた「Ah! vous dirai-je, maman(ママ、聞いてちょうだい)」という歌で、数年後にウィーンに生活の拠点を置いたモーツァルトがピアノ変奏曲にして、発表したと言われています。

 

パリの恋の歌から世界の子どもの歌に

パリで流行っていた歌は、恋人への思いが募り切なくなった女性が、母親に恋心を打ち明けるという内容のものでした。モーツァルトが作曲したピアノ変奏曲のタイトルを直訳すると「フランスの歌『ママ、聞いてちょうだい』による12の変奏曲」となります。しかし、原曲の歌はモーツアルト没後の1806年にイギリスの詩人ジェーン・テイラーによって替え歌「きらきら星」として生まれ変わります。そして、日本でも大正時代に「きらきら星」の歌が紹介されたことから、モーツァルトのピアノ変奏曲も通称「きらきら星変奏曲」と呼ばれています。

 

華やかな変奏曲は、貴婦人たちのレッスン曲

25歳のモーツァルトはウィーンに暮らし、貴族のご婦人たちにピアノのレッスンをしていました。当時、ウィーン生まれのマリー・アントワネットがフランスに嫁いだこともあり、ウィーンでは何かとフランスのものが流行っていました。このピアノ変奏曲は、そんな彼女たちの練習のために作曲されたと言われています。主題と12の変奏曲で成り立っていて、シンプルなメロディが16分音符の速いフレーズに変化したり、両手を鍵盤上で交錯させて演奏したりと、聴き応えも見応えもたっぷりあるピアノ曲に仕上がっています。近年では、マタニティ用のCDや赤ちゃんのためのCDに収録されていて、親子で楽しめるピアノ曲としても、知られています。

 

青年モーツァルトの優しさ

この曲が作曲される前のパリ旅行中、22歳のモーツァルトには、悲しい出来事が起こります。旅先で、母が体調を崩し亡くなってしまうのです。パリで忙しく駆け回っていた彼は、どうしても母を異郷の地に1人にしておくことが多くなっていました。母が倒れてからの数週間は枕元に付きっきりでいましたが、亡くなってしまって、どれだけ後悔と罪悪感に打ちひしがれたことでしょう。一晩泣き明かしたあと、彼は決心して2通の手紙を書きます。1通は故郷ザルツブルグの司祭に、もう1通は父に。司祭には、母が亡くなったこと、いずれ訃報を聞く父をなぐさめて欲しいというものでした。父には、母の体調が悪いこと、彼女のためにお祈りして欲しいというものでした。母を亡くして呆然とするなか、モーツァルトにできる父への最大限の配慮でした。

 

おすすめの演奏

 

 

そんなモーツァルトの心優しい人柄を想像しながら、「ママ、聞いてちょうだい」のやさしい音色に耳を澄ませてみてください。演奏はウィーン出身でザルツブルクのモ―ツァルテウム音楽院などで学び、モ―ツァルトの演奏が好評のイングリット・ヘブラーです。

 

参考文献

「モーツァルト-美しき光と影(作曲家の物語シリーズ)」ひのまどか著 リブリオ出版
「モーツァルトちょっと耳寄りな話」海老沢敏著 日本放送出版協会
「モーツァルト」スタンダール著 東京創元社

 

 

あやふくろう(ヴァイオリン奏者)

ヴァイオリン奏者・インストラクター。音大卒業後、グルメのため、音楽のため、世界遺産の秘境まで行脚。現在、自然とワイナリーに囲まれた山梨で主婦業を満喫中。富士山を愛でながら、ヨガすることがマイブーム。